【おたよりコラム】没頭する体験
- 1 日前
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小学生のときの宿題。もう何年も、何十年も前のことだけれども、覚えているものがたくさんある。アイスクリームの木のスプーンを100本以上使ってつくった船の貯金箱。東急ハンズにいって細い木材を買ってきてつくった、ログハウス型の貯金箱。家の近くにあった梨園にいって書いた観察日記。奇跡の化石アイスマンという本の読書感想文。どれも楽しかった記憶としてのこっている。なにをやろうかな、みんなと違うことできるかなーときっとものすごくワクワクしながら取り組んでいたからなのだと思う。なににそんなにワクワクするのか、といわれると、「自由度が高いこと」「なんか難しそうなこと」「達成するまで、すぐできなくて時間がかかること」「だれかにすごいといわれるかもーと想像できること」の4つ。これはいまだに変わらない私の価値観なのだと思う。反対に「やりかたが決まっていること」などのこなすだけのものは苦手で、自分なりに工夫する余地があると楽しめた。そして簡単なものやぱっとできることよりも、できるまでの考えたりする時間が好きなのだと思う。ジグソーパズルや折り紙、知恵の輪といったできるまでに時間がかかるものや、けん玉や逆立ちなどの練習していくうちにできるようになるものが、すごく好きだった。そして最後のひとつ、「だれかにすごいといわれるかもと想像できること」は結構大事な条件で、最終的に褒められなくても全然よいのだけれど、「これやったら〇〇くんがすごいっていいそう」「先生がみんなの見本みたいに取り上げてくれるかも」「お母さんに褒められるかも」と妄想して、勝手にウキウキしながら取り組んでいたように思う。
そんなことを思い出したのは、夏休みのイベントでの子どもたちにひたすら同じことをし続ける子に何人も出会ったから。ひたすら折り紙をする子。ひたすらトランプタワーを作る子。ひたすら根っこを掘り続ける子。ひたすら枝葉を切り続ける子。5分10分ではなく、1時間も2時間も当たり前に続けているのだ。とても素敵な没頭だなぁと感心してしまう。 動画でもゲームでも、嫌なものは次へ、とぱぱっと流せることが多くなってしまい、ひとつのことへの、特に難しかったり、考えたり、作業し続けることへの、子どもたちの集中して向き合える時間がどんどん短くなってきていると、と言われている。たしかに、自分を楽しませてくれるものは、自分で探さないといけなかった時代(車の移動中なんかまさに)と比べると、自分で生み出す必要は少なくなってきているのかもしれない。でも、子どもたちをみていて思う。どの子も、没頭できるものがあるのだと。でもその没頭するものは、本当にひとりひとり違うので、これを与えたら、はまってくれるというものもないし、それにはまった時に、「いいね!」「すごい!」と楽しみを増加させてくれる環境があるかないかも、とても大事なんだろうなーと思った。 しばふハウスはこの2学期から新しい場所に移ります。完成した場所としてオープンせず、オープンしてからみんなで一緒に作って行けたらいいなぁと思っています。そして、いろいろなやってみたいをやって見れる場として、没頭できる場、それをみんなで見守れる場をつくっていきたいと思っています。一緒になって自分の居場所をつくっていけること楽しみにしています!
三尾 新








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